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インド・ネパール旅行記-2007-

バナーラス行き

バナーラス行きのMARUDHAR号がアーグラーの駅に到着したのは、1時間15分遅れの22時30分。インド寝台はカオスです。私のベッドにはインド人のおじさんがすでに横たわっています。真っ暗な列車の中で、寒い寒いとバックパックからあるったけの服を引っ張り出しましたが、それでも寒いのです。ズボン2枚に上着2枚、フリースを着てポンチョをかぶってもまだ寒いとは何事ですか。なんと窓が、建てつけ悪いのか、列車が揺れるたびに少しずつ開いていくのです。閉めても閉めても開いていく窓。いい加減頭にきて深夜2時、ガムテープ引っ張り出して窓全部目張りしました。これでOKと思ったとたんに、隣の赤ん坊が泣きだして…。そしてインドの朝日がまぶしいです。寝れるわけないやんこんなの…。インドの寝台はカオスです。

 

列車が結局何時間遅れているのかは、もう気にしないことにしました。お昼には着くんじゃないでしょうか、バナーラスに。そうしたら、今日中に泊るところは確保できるでしょう。それでいいです。充分です。

SLクラスの寝台は地元のインド人が乗るローカルな席です。向かいの席のおじさんにインド語教えてもらって、写真撮ったりチャイをおごってもらったりして朝を過ごしました。バナーラス行きのバックパッカー達が集まってきたので、みんなで談笑しながら到着を待ちます。遅れに遅れている電車ですが、確実に進んではいるので着くことは着くんでしょう。みんなもう時間を気にしなくなっている状態。旅の武勇伝を語り合って楽しみました。日本人宿の夜のようなひとときでした。

 

 

12時10分、ついにバナーラス着。駅を出ると、日差しがとびきり暑いです。ああ、これぞインド。駅も大きくて驚きましたが、街も広い!電車で一緒だった旅人達と何人かでリクシャーをシェアして、ガンガー沿いの安宿街を目指しましたが、ここでもインドのリクシャーマンに手を焼いて、結局バックパックを背から降ろせるまで2時間ほどかかってしまいました。

 

いくつかの宿で値段交渉しながら歩き回って、私が決めたのは屋上レストランからガンガーが見える一軒の日本人宿。オーナーが日本語ぺらぺらで、値段交渉がやりやすかったのでここに決定。300Rsから200Rsまでまけてもらい、さらに150Rsの小部屋に変えてもらうことができました。食事もまともにできていなかったので、屋上のレストランでガンガー見ながらビアー。インドに来て初のアルコールです。うまい!!つまみはチキンティカ。うまい!!長旅で疲れた細胞が生きかえるお食事タイムでした。

少し酔っ払って歩くバナーラスの街はスリリングで最高でした。ガンガーを見て、海だー!と感動し、日本語ぺらぺらの現地の子供たちにいろいろ売りつけられそうになり、なんとか財布を死守して、カトマンズ行きのバスチケットもとりました。片道一泊宿付きで600Rs。酔っ払った勢いでなぜかこの時だけ英語ペラペラでした。次の足ができたことで、とりあえずは地に足がついたような感じです。自分だってやればできる(ときもある)のです。

 

夕方、プジャー(礼拝)を見ました。ダシャシュワメードのガートからガンガーに向かって祈りを捧げます。ヒンディたちにとって、ガンガーとは何なんでしょうか。その存在の大きさを強く印象付けさせられる体験でした。彼らは一体どんな感覚で一斉に祈りを捧げているのか、私にはその実感が持てません。でも、我々がお寺や神社で手を合わせるそれとは根本的に何かが違う、ということだけは私にも感じ取ることができました。

市内のレストランで夕食をとった帰り際、結婚式の行列に出会いました。ここに生まれ、嫁いで、新しい命を生み、ここで死んでガンガーに還る、そういう人生を選んだ人たちの街がここバナーラスです。結婚式の行列は真っ暗の夜に眩しい明かりを輝かせて、とても美しく感じられました。

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