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中欧・東欧旅行記-2006-

オンチェシュティ的日々 〜魔女を偲んで散策〜

マラムレシュの朝は美しい。向こうの山からお日様が顔出したばっかりなのに、ノースリブで心地よく過ごせる気温。ペンションの2階のテラスに腰掛けて、霧のかかる丘を眺める。朝露が緑をきらきら輝かせている。早朝から狂い鳴く鶏たちに半ば強制的に叩き起こされた最悪の寝起きだったのだが、いい景色が見られたから、まあ今日のところは許そうかと思えてきた。ただし明日はゆっくり寝かせてくれ。それにしても、マラムレシュの朝は美しい。

朝ご飯をいただいたら、ママにお洗濯をお願いしてオンチェシュティ村の散策に出る。この村は道が一本しかない。大通りが一本だけ。村の端から端まで真っ直ぐに抜ける。つまり地図の読めない私でも、迷子の心配は無用ってことだ。この一本道を車と一緒に馬車が行く。ルーマニアらしい風景だと思う。イザ川の流れに沿って大通りを逸れ、牧草地帯に咲くヒマワリの列にあいさつ。ブナディミニァーツァ!ルーマニア語はハンガリー語に比べて発音しやすいから、すぐに覚えられる。草刈をしていたおじさん。連れの馬の名前はママ馬のポヨと息子馬のゼマーマ。名前がちゃんと付いているってことは、この馬たちも家族なんだ。

再び通りに戻りしばらく歩くと、通りの左脇に緑の空き地が広がっている。そこは魔女(ヴラジトアレ)のニッツァが15年前まで住んでいた家の跡地だった。目的もなくただ歩いていたというわけではなくて、今日はここを探していた。先日、ニッツァの娘さんに教えてもらっていたのだ。家が有ったといわれなければ素通りしてしまうような狭い空き地。ここで魔女は生涯を過ごした。この鳥の声と馬車の音と後ろに広がる牧場とその境界を仕切るトウモロコシ畑と、そしてこの穏やかな村の人たちと。ババニッツァはきっと幸せだった。ヴラジトアレとして村人たちに慕われ、この豊かな大地に生きた女なのだから。

私はあの本に出会って、そして魔女探しにここまで来た。実際、ヴラジトアレとは何だったのだろう。アヌツァは不思議な魅力を持つ女性だった。ニッツァもおそらく、彼女に似た雰囲気を持っていたに違いない。大きな包容力。母の象徴のような。そういえばヴラジトアレは女しかなれないとアヌツァが言っていた。子供の死亡率が高かった昔々のルーマニアで、立派に子供を育て上げることはどれほどの難題だっただろうか。自然の脅威や病気を克服し我が子を守るには、自然の知識と伝統の技術がどうしても必要となる。母としての仕事を全うし、自らは年老いてなお長生きする女性というのは、さぞかし人々から尊敬され信頼得たのだろう。豊富な知識が、若い母親たちの助けとなったであろう。ヴラジトアレとは、そんな完成された母の姿だったのではないだろうか。新たな命を育み、長く生き、人に慕われ、食べて踊って死んでいく。ヴラジトアレはこの大地に根ざした存在、母そのものの姿だ。彼女たちには生きるための知識と技術、そして自信という力があった。彼女たちに話を聞けば、生きるためのノウハウが分かる。そしてその包容力が、望みは叶うと教えてくれる。それがこの村の魔女伝説だったのではないだろうか。

そんなことを考えながら村の外れまで歩き、Oncestiの看板を写真に収め、よくやったと自分を誉めてまた引き返す。くだらないことではあるが13年は長い。この写真が新たな宝物になるはず。あの本が夢を見ることの象徴だったのなら、この写真は夢を叶える力の象徴、宝物ってそういうもんだ。

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