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中欧・東欧旅行記-2006-

ブラショフでドラキュランデブー・前編

ルーマニアの国境に差しかかったのが確か真夜中過ぎだったと思う。パスポートチェックに一度起こされたような気がする。朝、目が覚めたら車窓を流れる景色がヨーロッパの田舎に変わっていて、馬車が道を行く姿も何度か見送った。ルーマニアに来たんだなぁと思う。ブラショフに着いたのはその日の昼過ぎだった。

この国で、私はどうしてもやらなきゃならないことがあった。簡単に言えば人探し、なのだが、状況はそんなに簡単なものではないという事も理解していた。下手をしたら彼女を探すことだけで時間が過ぎて、ルーマニアの思い出が皆無になるかもしれなかった。そこで、私は先にルーマニアの観光を済ませてしまうことにしたのだ。ブダペストから深夜発のクシェット席に丸まって、まず目指したのがこの街、ドラキュラ城のお膝元「ブラショフ」だった。

ドラキュラといっても、血を吸う伯爵が住んでいたわけではないらしい。ドラキュラのモデルとなったヴラド・ツェペシュなる人物が14世紀末、この地方に住んでいたのだ。彼はオスマン・トルコとの戦争で多くの敵兵を拷問し、後世には『串刺し公』という名で呼ばれることとなった。その彼が住んでいたブラン城こそ、ルーマニアでおそらく最も有名な観光地『ドラキュラの城』である。

入り口の坂を登っていくと、すでに観光を終えた人たちが、すれ違いざまに声をかけてきた。「お嬢さん、首元注意だぜ。血を吸われないように」なかなか気の利いたギャグである。確かにこの辺りはヤブ蚊が多いのだ。城の中はガイドツアーになっていて、ロープに沿った道しか歩けない。少しでもロープに触れようものなら館内放送で注意が飛ぶという徹底ぶりだ。せっかくドラキュラ城でドラキュラ探しをしてやろうとわくわくして出向いたの、これじゃあ自由観光なんて無理。むしろこんなに観光客でごった返しているんじゃ、ドラキュラもおちおち寝ていられるわけがないし、きっと今頃はどっかのリゾートで美女に囲まれてるんだよねー、なんて話しつつ、ツアーについて行った。

困ったことに、ガイドツアーが一回りしてしまうと急にやることがなくなってしまった。シゲット行きの電車の時間までまだまだ余裕がありすぎる。一応ここは観光地なのだから、ドラキュラ城の他にも見所の一つや二つあるはずだと思っていたのだが、無計画の私には行くべきあてが見つからない。バスに乗り込んでガイドブックをパラパラ斜め読みしていると、急に後部座席の青年に声をかけられた。

「日本人?ブラン城を見に来たのですか?街へ戻るのならバス停まで一緒に行きましょう」
降りるバス停の名前すらまだ確認していなかった私には、渡りに船な出会いであった。

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