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中欧・東欧旅行記-2006-

美しき青きドナウの衝撃・前編

ICがウィーン西駅を出発した。6人掛けのコンパートメントは貸し切り状態で、思う存分車窓の風景を堪能できる。旅の足は鉄道が一番だというのが私の持論だ。バスみたいに息苦しくないし、飛行機みたいにヒヤヒヤさせられる事もない。結局、私の取った飛行機が一度アブダビでトランジットしてウィーンに向かう便だったという事実が分かったのは搭乗後のことであった。アブダビで降ろされたままさようなら、ってことになったら自分はいったいどうすりゃいいんだと心底ヒヤヒヤしながら飛行機に乗り込んだことも、まあ終わってみればいい思い出の一つではある。が、移動の度にこんな目にあっていたら、心配性の私の胃には大きな穴があくだろう。その点、鉄道はすばらしい。間違っていると気付いた時点で降りることだってできるのだから。

ハンガリーの国境を越える頃、車窓が田舎景色にかわっていた。遠くまで続くトウモロコシ畑、丘の上にたつ背の高い教会、手を振る子供。田舎万歳!!風車たちがいっせいに風を糧にして回りだす姿とか、遅咲きのヒマワリがぽつんと独りで空を眺めてる姿とか、車窓の風景は一枚一枚に何かしらのドラマがある。四角く区切られた列車の窓は劇場のステージによく似ている。上手から下手へ、列車が停まらない限り物語は動いていく。たまに停まったかと思えば、乗り込む人々や降りゆく人々、その狭間を生きる人々との間で、一種濃厚な人間ドラマが垣間見えたりする。そして、私も観客であると同時に旅人という役を負っているわけで、ってことは、ああドラマチックだなーと思うような瞬間が少なからずあるわけで、そんなだから鉄道の旅はやめられないわけだ。

ハンガリーのブダペストの東駅、ケレティにつく時間が近付いてきた。少し遅れてはいるが、思っていたほどではない。車窓には茶色く濁った大河が流れている。ナイロビで見た川を思い出した。ブダペストは大都会だから環境が悪いのかも知れない。すると、降り口付近でたむろっていたアメリカ人のおじさんが教えてくれた。「これが有名なドナウだよー」

「!?なんですとー!」

唖然。ドナウといえば、美しき青きドナウ。だがどう見ても目の前のドブ川は頭の中に流れる音楽とはかけ離れすぎている。どうやら私はヨハンシュトラウスの空想癖にしてやられたらしい。美しき青きドナウの川沿いを散歩しながらお洒落なカフェめぐりをしようと妄想していたのに、ロマンチックな夢はあっさり破れ去った。親切に教えてくれたおじさんには申し訳ないが、せめてブダペストに着くまでは夢を見させて欲しかった。

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