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ペルー旅行記-2005-

逆高山病に苦しめられる

朝からリマの街歩きへ。アルマス広場やカテドラルを歩いた。旧日本大使館前では銃弾が壁にめり込んだ跡がそのまま残されているのを見た。リアルだった。ペルー行きを夢見始めた頃に起きた事件だっただけに、この地で起こったあの立て篭もり騒動は深く印象に残っている。南米は遠いだけじゃなく、治安も悪い。お金もかかる。自分の常識をひっくり返さない限り辿り着けるところじゃないんだと思った。でも来ちゃったし。固定観念をひっくり返すまで10年。長かったのか短かったのかは良く分からない。

郵便博物館をのぞいている最中から、なんだか体が重いような気がしていた。微妙に足も痛い。これはひょっとして、熱があるのでは??嫌な予感を抱えつつ、ナスカへの移動開始。今回は車移動。ここまでくると疲れがどっと出てきて後部座席に倒れこむように熟睡。体が熱い。眠い。だるい・・・・・。

目が覚めると、砂漠の中の一本道を走っていた。パンアメリカンハイウェイ。四角い窓の四角い家とただひたすらの砂漠、砂漠、砂漠・・・。どこまでも砂漠。体調のせいなのか景色のせいなのか分からないが頭がボーっとする。夢の中にいるみたいな感覚。もしかしたら全部夢?ブルーモルフォもコンドルもマチュピチュも、ペルーに来た事すら夢だったりして・・・。そんな事を思ってまた意識が切れる。

次に目覚めた時、右手に海が見えた。太平洋だ。東京から見たんじゃない、反対側からの太平洋だ。左手はまだ砂漠。雲が立ち込めて極端に空が低く感じた。波が高い。風が強い。どこまでいったら目が覚めるんだろう・・・。

目が覚めた。ドライバーがガソリンスタンドに車をとめてトイレ休憩だという。動いてみて分かったが、動ける状態じゃない。かなりの高熱。頭がくらくらして真っ直ぐ進めない。これは、まさかの逆高山病??それとも単純に風邪をひいたのか。熱帯雨林で水のシャワーを浴び、高山で無謀にも登山にアタックし、続けざまに刺激的な旅を続けてきたおかげで、体の方が参っちゃったのかもしれない。今日は今まで休めなかった分、ゆっくり過ごそうと思った。

パラカスという海辺の町で昼ご飯を食べ、薬を飲んだ。セビッチェは魚介類のサラダでさっぱりしているがとても辛かった。パエリアにもシーフードがてんこ盛り。アワビまではいっている。体調が体調だけ食欲があるわけではなかったけど、それでもけっこう食べられた。ここパラカスは港町だが、風が強いせいで今日の船便は欠航らしい。

パラカスを出てしばらく行くと、砂漠の真ん中に巨大なミラドールが見えてくる。かなり高い物見櫓だった。ここから地上絵の一部を眺められるらしい。薬のおかげか体は少し楽になってきているもよう。せっかくだから物見櫓に登ってみることにした。車を降りると、風が強かった。何とか上まで登ってはみたものの、砂漠を吹き抜ける風の強さに圧倒されて見物どころではなかった。なんとなく確認できる程度の地上絵「木」と「手」。近年、地上絵の風化が問題視されているらしいが、これだけ激しい風に2000年も吹き付けられてたらそりゃあ風化もするだろう。というか、この時代までその形が残っていたということがびっくりだ。

消えゆく地上絵の保護が叫ばれているが、私はこのままでもいいんじゃないかとも思う。地球の力で文明の傷跡が消されていくのは、むしろ自然な事なんじゃないだろうか。そして、その隣を走るパンアメリカンハイウェイが新たな傷跡として刻まれているのを眺めた。ただひたすら真っ直ぐにのびた一本の道。その向こうは砂嵐でかすんでいた。もう何千年かしたら、こっちが保護対象になる?それとも、古いものに見切りをつける時代がいつかやってくるんだろうか。ああ、どうやら熱があると人は感傷的になるらしい。

パンアメリカンハイウェイの砂嵐を30分ほど強行突破するとナスカの街に入った。ホテルに着くや否やベッドに倒れこむ。体力の限界。ドライバーが今日の地上絵フライトは強風でキャンセルになったと言ってきた。明日は飛ぶだろうか。フラフラになりながらせっかくここまで辿り着いたんだから、空の上からナスカの地上絵を見ておきたい。明日はどうか回復しますように。天候も私の体も。

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