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ペルー旅行記-2005-

生きてることが奇跡に思えた

プーノの街はお祭りということもあり、あまり治安のいい雰囲気ではなかった。しかし食事時までホテルでじっとしているわけにもいかず、とりあえずLima通り辺りをぶらぶら歩いてみる。途中、公衆電話が並んだ建物を見つけた。電話屋さんらしい。さっそく実家に「まだ生きてますよ」コール。

が、この電話で衝撃の事実を聞かされた。なんと、私がプエルトマルドナードに飛んだ日、同じアマゾンジャングルのイキトスに向かった飛行機がジャングルに不時着したというのだ。出発前、計画中に一番悩んだのはどっちのジャングルにアタックするかだった。イキトスは本格的なアマゾンの奥地の雰囲気、プエルトマルドナードは比較的新しい観光地で、かつ世界遺産。どっちもおいしくて、最後の最後まで迷いつづけ、結局治安の面を考えてイキトスは蹴ったのだった。でも、治安だってはっきりってしまえばどっちも良くはないし、実際どっちを選ぶかは紙一重だったと思う。正直鳥肌が立った。

聞けば、不時着したのは池だか沼だかで、半数以上の乗組員が亡くなって、残りはワニやらピラニアやらがうようよする水辺を走り回ったというじゃないか。嗚呼、今回の旅で本当にツイてたのはブルーモルフォでもコンドルでもなく、今、自分が生きているってことなのかもしれない。

なんだか呆然としてしまって食欲も出ない。取り敢えず何か食べておかねばとピザ屋に入ったのだが、ショックが大きすぎて頼んだピザが胃に入らない。うまみのあるチーズもモチモチッとした生地もすごく美味しいのに、美味しいのは分かるのに、全然食べれない。人間は大きなショックを受けると何も手につかなくなっちゃうらしい。ガン患者として生きてる手前、自分の生死については深く考えることもあるけれど、この日ばかりは本当に生きてることが奇跡に思えた。結局何も手につかず、そのままホテルに戻ってばったりと眠ってしまった。

翌朝、目覚めると時計は5時を指していた。昨夜はあまりのショックでシャワーも浴びずにベッドにもぐりこんでしまったのを思い出し、取りあえずお風呂へ。高山での入浴は高山病の引き金になるからやめとくようにと言われてはいたが、標高3800mのプーノの朝はさすがに寒い。バスタブになみなみお湯を張って小一時間入浴した。これはプラスだった。疲れと不安を洗い流す入浴タイムとなった。

実際、なんとかなってる。ここまで、高山病にもかかってないし泥棒にも置き引きにも逢ってない。むしろ、ブルーモルフォやコンドルやマチュピチュや現地の人やすれ違う旅行者だちとの出会いがどれも最高に面白くて、去年の薄暗い病院生活に比べたらずっと「生きてる」感じがした。もしこの旅のどこかで人生がぷっつりと途切れてしまったとしても、それでも後悔はしないだろうと思った。それくらいの意気込みがなかったら秘境の旅なんて多分できないんだ。

カーテンをちょこっと開けてみると、暗い部屋に眩しい朝日が差し込んだ。そして目に飛び込んできたのは金色の街だった。顔を出したばかりのお日様が山々のトトラを金色に輝かせて、赤茶けた街さえも金一色に染め上げている。思わず溜息が漏れる美しさだった。黄金の街エルドラドって、もしかしたらここのことなのかもしれないと思った。スペイン人たちは財宝を求めてエルドラドを捜し歩いたと言われているけれど、金も銀も産出されないこんな辺境の地に真の黄金郷があるなんてだれも考えなかっただろう。でも、金色の街が目の前にある。太陽はビラコチャであり、インカの国の絶対の神。その恵みをいっぱいに浴びて輝く街、プーノ。ああ間違いない。私は征服者たちがついに発見できなかった幻の街を見つけた。いろんな奇跡に出会いながら、今旅をしてる自分、最高に幸せな人生じゃないか。

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調べてみると、インカ時代もここは辺境の地だったらしい。昔、賎民として都市から追いやれれた民族が集まって暮らしたチチカカ湖。インカが滅びた後、逃げ延びたケチャ族もここに追いやられたと言われている。プーノは弱い者たちが神に与えられたパラダイスなのかもしれない。

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